2018年8月5日日曜日

発酵温度について2

半年ほど前にワインの発酵温度について書いたこと(こちら)がありました。前回はGewürztraminerの発酵温度に関して限定して思ういつき程度に書いたのですが、今回はもう少し対象範囲を広げて真面目に書いてみます。特に考えたいテーマは旧世界と新世界の場合の白ワインの発酵温度とその違いによって生じるワインの性格の変化についてです。

まず、Companion to Wineの関連項目を確認して旧世界と新世界では発酵のさせ方がだいぶ違うということを確認します。新世界における白ワインの発酵温度は12-17°Cが一般的であり、これによって果実味が強いバランスが取れた色の淡いワインが生み出されるとのことです。かつ、この12-17°Cの発酵温度はワイン作りを商業的に成り立たせるためにも大切です。というのは新世界では一般的に1年のうちに発酵槽を複数回使うことが多いため、1回の発酵は比較的短い期間で完了する必要があります。そのためこの12-17°Cというのは発酵がある程度速く進み、出来上がるワインの風味も好ましいものになる範囲であると考えられます。ちなみに、このままの温度で保管しても温度が低いためマロラクティック発酵には適温ではありません。もし必要な場合は別途温度をあげる作業が必要になります。これと対照的なのはブルゴーニュにおける白ワインの発酵方法です。ここでは木樽に果汁を入れた後、アルコール発酵が済んだ後もワインは樽の中で保管されます。そして翌年の春や遅い場合には初夏までにマロラクティック発酵が完了します。必然的にひとつの発酵槽は一年に1度しか使われません。そして高い確率でマロラクティック発酵が行われることになります。またここではアルコール発酵の発酵温度は新世界の場合より高くなる傾向があります。温度が高いといっても酵母が死滅するほど高くなるほど温度が上がることはあまりありません。というのはブルゴーニュで一般的な樽が収納できる容積はは228Lであり、新世界で一般的に使用される大型のステンレスタンクと比べると熱が放出される効率の指標となる液体の表面積と容積の比率が高いからです。そのためブルゴーニュの発酵方法を取る場合には特別に発酵温度を下げるような仕組みは必ずしも必要ではないのです。もう一つ発酵槽の材質について考えた場合、木樽は液体に対しては不透性ですが、気体に対しては(分子の大きや特性にもよると思われますが)透過性があります。ステンレスや内側に樹脂でコーティングを施したタンクはどちらに対しても基本的に不透性です。特に小型の木樽の場合はワインが空気に触れている表面積が大規模なタンクで発酵・保管した場合よりも大きくなります。ブルゴーニュ以外の全般的な話に戻りますが、Companion to Wineによると旧世界で一般的な発酵温度は18-20° C、もしくはそれ以下とのことです。要するに新世界と旧世界では発酵のさせ方が全く違うことがわかります。注意が必要なのは生産地域にかかわらず製造者の製造方針によって発酵温度は変わるということです。そのため、実際にワインをテイスティングした後にそのワインがどのように作られたかを確認する方が良いかと思います。

そもそも発酵に対するアプローチが新世界と旧世界で違うということが分かったところで発酵温度の違いによるワインの性質の変化について考えてみます。ここからは少し専門的な話になるかもしれません。まず白ワインの発酵温度は赤ワインに適用されるものより低くなります。これはもろみの温度を上げることによって果皮に存在する成分を抽出しやすくする、という作業が必要ないためです。白ワインの製造時には発酵中にもろみと果皮は接触していません。参照3によると赤ワインでは適切な温度は20-30°Cである一方で白ワインの場合は15°C以下が推奨されます。白ワインを製造する場合は、果皮から果汁が絞られた際に出てきた成分を保持することが求められます。以前ワインの香りの原因物質について書いた際に確認しましたが、これらの香りないしは味覚に影響を与える物質は揮発しやすいものが多いです。そのため発酵温度が高かったり、発酵中に放出される二酸化炭素やエタノールの量が多かったりするとどんどん揮発していきます。結果的にイチゴやバナナといった香りの構成成分とされている分子量の小さいエステルは発酵温度が低かった方がワインに保持されるため最終製品にそれに起因する特徴が発現しやすくなります。またもう一つ低温発酵の傾向としてあるのが好ましくない香り成文を発生させるバクテリアの働きを抑えられることです。特に赤ワインの場合に問題になりやすいようですが、30-40°Cに近ずくにつれて揮発性の脂肪酸やフェノールを作り出すと言われるアセトバクターが活動しやすくなります。また発酵温度が10-15°Cより高くなるとBrettanomycesと呼ばれる硫黄臭を作り出すバクテリアも活動できるようになります。ブルゴーニュでは肯定的な文脈で登場することが多いマロラクティック発酵に関しても、求められるワインのスタイルによっては好ましくありません。この現象は20°C以下の場合には抑えられるため、低温発酵の場合には理屈的にはこれが起こる可能性が低くなります。これらの酵母やバクテリアの活動に由来する香りが発生する可能性が比較的低いのが低温発酵で作られたワインの傾向的な特徴と言えます。結果的に製造されるワインは混じりっない果実の味わいが残る可能性が高いと言えます。ちなみにエステル類というのはたくさんの化学物質を含む総称ですが、特にワインの世界ではバナナ、花梨、バブルガム、パイナップル、ライチ、イチゴ、シナモンの香りを構成する物質であると考えられています。これ以上の話はその道の研究者の方にお任せして問題ないかと思います。


【参照】
1.
Robinson, J.(2015). Winemaking and temperature. In Oxford Companion to Wine, forth edition. Oxford : Oxford University Press.

2.
Robinson, J.(2015). Refrigeration. In Oxford Companion to Wine, forth edition. Oxford : Oxford University Press.

3.
Centinari, M. PH.D. An Introduction on Low Temperature Fermentation in Wine Production. PennState Extension. [online] Available at https://extension.psu.edu
Accessed on 5 August 2018.

4.
Robinson, J.(2015). Acetobacter. In Oxford Companion to Wine, forth edition. Oxford : Oxford University Press.

5.
Dekkera bruxellensis. Viticulture & Enology. UC Davis. [online] Available at http://wineserver.ucdavis.edu
Accessed on 5 August 2018.

6.
Seal, Laura.(2018). Tasting notes decoded: What is velvety wine?. Decanter. [online] Available at https://www.decanter.com/
Accessed on 5 August 2018

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